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プライドが高い自分を変える、プライドの捨て方とは?

「自分はプライドが高くて困っています。どうしたらプライドを捨てられますか?」

そんな風に聞いていただいたことがあります。

今日はプライドとその捨て方について書いてみたいと思います。

プライドは意味があって身に付けたもの

プライドを辞書で調べると、「誇り。自尊心。自負心」とあります。これらは自分のことを大切にしているからこそ思うこと、持っているもの、私はそう思っていました。

でもプライドは、一人でいる時には恐らくその殆どは必要のないものだと思うのです。

例えば、この世の中に自分しかいなかったら、「誇り」や「自尊心」、「自負心」がなくたってやっていけます。

でもこの世界ではそういったものを知らず知らずのうちに身に付けてしまうことがあるのかも知れません。

それは意味があって身に付けたものだと思うんです。

でも、何のために?

それは自分を守るため、ではないでしょうか。それは、自分自身に対する自信のなさやどうしても残る不安を隠すために必要だったのではないでしょうか。

本当に自信がある人はプライドなんて必要ないのかも知れない。

私はそう思うようになったのです。

プライドの捨て方

本当の強い人は、きっとプライドなんて必要ないのだと思うのです。

プライドが高いと悩んでいる時は、きっと人と自分を比較していて、負けたくないと思っている時だと思うのです。

でもその気持ちは諸刃の剣のように、自分に優越感を与えてくれることもあれば、劣等感に苛まれることだってあるのだと思います。

プライドは自分の弱さを隠してくれるための鎧のようなものなのかも知れません。自分の弱さやもろさといったものをプライドという鎧で一生懸命隠しているのだと思うのです。

じゃあどうやったらプライドを捨てられるか?ということになりますが、プライドは弱さを隠すため、自信のなさを隠すためにあるものだとすれば、そういった弱さや自信のなさというものをさらけ出してしまうことだと思うのです。

私は本当の心の強い人とは、等身大の自分を受け入れている人だと思っています。

それは自分の強さだけでなくて、弱さもありのままに認めてしまうということです。

人は強さだけじゃなくて、必ず弱さも持ち合わせています。でも、みんなそうなのに、何故か人は自分の弱さを隠そうとします。

だけど、誰もがみんな弱さを持っているのだと思うのです。そして、それを受け入れてしまった人にはプライドなんか必要ないのかも知れません。

守る必要がないからです。
隠そうとしなければ、もう隠す必要もなくなります。

それはでもとても難しいことです。

自分の弱さなんて見せたくないですから。でもだからこそ、そういう弱さを見せられる人は気取らない人に見えたり、飾らない人に見えて、どこかとてもカッコよくて、魅力的に見えるのだと思います。