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「認められたい欲求」を上手に捨てるには?

人に認めてもらいたいという気持ちは誰にでもある程度はあるものだと思います。ただ、その気持ちが強すぎると、自分が苦しくなってゆきます。

人は、評価されたり、褒められたりすると嬉しくなります。

それがやる気になって頑張れることもあると思います。しかし、それを追いすぎてしまうと自分を見失います。

それは、相手に認められるような自分になろうとして頑張ってしまうからです。

相手に認められようとして一生懸命努力すればするほどに、本来の自分とは遠ざかってゆきます。

本当の自分と相手が認めてくれる自分は必ずしも一致しないからです。

人の評価はバラバラ

それに人の評価というのは必ずしも同じではなくて、例えば、同じテレビドラマを観ても全員が100%評価するなんてことはなくて、必ずマイナスの評価をする人もいます。

評価した人にしても、例えば、役者の演技を評価する人もいれば、映像技術がよかったとか、音楽がマッチしていたとか、見ているところは全然違うのです。

だから、ある人に評価されようとして頑張って頑張って評価されたところで、また違う人には評価されなかったりする。

そう考えると、一々他人に認めてもらうように頑張ることに意味はないのかも知れません。

曖昧でバラバラな他人の評価を求める位なら、自分が良いと思えることを求めた方が自分が自分でいられるのかも知れません。それが結果的に人に評価されれば嬉しいですが、評価されなくても、落ち込んだりする必要はないと思うのです。

ある人に評価されなかったということは、どこかにそれを評価する人がいるということでもあるのですから。

嘘の自分を認めてくれる人と一緒になっても幸せにはなれない

例えば、自分を演じることで好かれたりすることもあると思います。

相手が喜んでくれたり、あなたのことを評価してくれたり、愛してくれたりすることもあるかも知れない。

でも、嘘の自分を認めてくれる誰かと一緒に居ても、もしかしたら、幸せにはなれないかも知れません。偽りの自分を愛してくれる恋人と一緒になっても、幸せではいられないかも知れません。

それよりも、嫌われてもいいから、本当の自分に戻った方が良いのかも知れません。もっとも、そうすることであなたのもとを去ってゆく人もいるかも知れません。友人や恋人を失うかも知れない。

でもそれはきっと、自分自身をなくしてしまうよりはましなことだと私は思うのです。

本当にあなたのことを大事に思ってくれる人たちは、きっとあなたのありのままを認めてくれるはずです。

落ち込んでいた人が立ち直るためにやったこととは?

人の評価が自分の評価。そんな風に思ってしまうと、評価されなかった時に落ち込んでしまうし、頑張ろうという気持ちも失せてしまい、気持ちが大きく落ち込んでしまうことがあります。

私は人の評価がそのまま自分の価値を決めるものだとは思っていません。あなたのことを評価する人がいたとします。それが自分にとって大切な人、近い関係の人だったとすると、その評価というものは大きな意味を持つかも知れません。

でも、それでも、それがたとえよくない評価だったとしても、それがイコール自分にはならないと私は思うのです。

ただ人はやはり認めてもらいたいものだと思います。認められると嬉しいし、評価されればやっぱり嬉しいもので。

認められることで、自分を信じることができるようになったりしますから。

だから、認めてもらうこと、または褒めてもらうことは自分の力になります。

ところで、誰に認めてもらったら、誰に褒めてもらったら一番効果的だろうかと考えた時、それはきっと自分自身ではないかなと思います。

落ち込んでいた方がいました。

彼女が立ち直るためにやったこと、それは「自分をほめてあげる」ことでした。

最初はとにかくやってみようという思いではじめた彼女。でも自分を少しづつ「今日もよくやったね」って褒めてあげることを続けてゆくと気持ちが落ち込むことが少なくなっていきました。

そして、面白いことを彼女は発見します。それは自分を褒めることを続けてゆくうちにいつの間にか他人のよいところを見つけるのも上手になっていくこと、です。

すると楽しくなって、以前はできなかったのに、人のことを褒めることができる人になっていった。自分が人を褒めるようになると、今度はまわりの人が自分を褒めてくれるようになった、と。

すべては自分からなのかも知れませんね。まずは自分を褒めてみる。そこから始めてみてもいいのかも知れません。

自分を褒めるなんて言うと恥ずかしいし、何だかナルシストみたいでと思われる方もいらっしゃるかも知れません。

でも、私はそうは思いません。上記の彼女のように、自分を褒められる人でなければ、人のことを褒めることもできないと私は思うのです。