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怒りや不安、恐怖という感情への対処方法とは?

怒りや不安、恐怖といった感情は、あまり歓迎できないものだと思います。怒りを感じた後は、疲れるし、エネルギーを消耗します。

そういう意味で怒りは自分を傷つけているようなもので、だから、本当は怒らないで笑ってスルーできる自分になれたら、生きるのももっともっと楽になると思います。

ただ、そんなにうまくいかないことってあると思うのです。どうしても怒ってしまったり、不安を感じたり、怖くなったりすることもあります。

そんな時、きっと多くの方はその怒りや不安、恐怖といった感情をどうにかして排除してしまおうと思うのではないかなと思います。

嫌な気分になるのですから当然と言えば当然です。
でも、それをやってしまうとどうもうまくいかないようです。

無くそうとすると大きくなる感情の本質

特に怒りや不安、恐怖といった感情に共通しているのは、なくそうとすると大きくなるということでしょうか。

不安や恐怖はまさにそうです。怒りも怒っちゃいけないと言い聞かせていると、怒らない自分になれるどころか、むしろ、怒りっぽい自分になっていたりすることがあります。

それは、たぶん、それらの感情をなくしてしまおう、排除しようとしたからだと思うのです。

それはむしろ、逆のことをしてあげると、おさまってゆくように思います。

実は悪者じゃなくて、自分のガードマンだった

怒りや不安、恐怖といった感情は多くの場合、悪者扱いされると思います。

「不安で困っています。」

そういう方は、不安は悪者だと思っているのではないでしょうか?こんな気持ちさえなければ、と。

確かに、そう思ってしまうものだと思うのです。

でも、もしかしたら、それらの感情は悪者ではないのかも知れません。人はそれらの感情を感じた時に、身体的な症状が出ます。

例えば、怒りを感じた時は、心拍数が上がったり、血圧が上がったりします。何か自分の身に危険が起こった時、もしくは起こりそうな時、そういう体の反応が出ることで、自分の身を守る準備ができます。

危険がすぐそこまで来ているのに、平然としていたら、リラックスしている状態だったら、自分の身を守ることができません。

だから、怒りという感情は、自分を一生懸命守ってくれる自分の味方、ガードマンのような存在なのかも知れません。

不安も恐怖もそうです。不安を感じるからこそ、自分の身を守ることができるし、将来に備えたりすることもできます。

怖いという感情も同じように自分を守るために人間に備わったものなのです。

排除しようとしない

怒りや不安、恐怖は実は自分の味方だった。しかも、一生懸命自分を守ってくれようとするガードマンだった。

そう思うと、それらを悪者扱いはできないし、むしろ、自分のために一生懸命やってくれてありがとうと感謝したくなることさえ、あるかも知れません。

この3つの感情は人にとっては、自分を守るためには、なくてはならない感情なのだと思います。

そして、それらは、ある特徴があって、排除されようとすると、より大きくなって、それを受け入れて、認めてあげると、大人しくなるということだと思うのです。

勿論、怒りを感じるには、それなりの考え方や受け取り方、捉え方が自分の中にあって、それについてはここでは触れませんが、ただ、少なくとも、そういった感情を認めてあげること、怒りを感じてしまった自分を許すこと、不安があるということを受け入れることで、自分の気持ちは楽になれるように思います。

不安も怒りも恐怖も、自分の中で湧き上がってきた時にどうにかしなくてはいけないと思うものだと思います。

そんな時はその感情を勇気を持って、一旦受け入れます

自分は今こんな風に感じているのだなと。そして、そう感じてもいいと自分に言い聞かせます。

すると、その感情は最初、少し大きくなって、その後に少しづつ大人しくなってゆきます

ポイントは最初に受け入れることです。そこで感情は少し大きくなりますから、そこで多くの人がパニックになって、その感情を排除しようとします。

すると、感情はさらに大きくなってゆきます。

大事なのは、受け入れた時に感情が少し大きくなっても、来た来たと思って、慌てずにその感情を受け入れることです。

すると、その感情はその後に少しづつ薄れてゆきます。

感情を受け入れるということは大事なことだと思うのです。この先のことが不安だなと感じるからこそ、じゃあ、将来のために今何をやるべきかと考えることができます。

不安に感じているからこそ、それを行動に移すことができるのです。

不安にならない方法はありませんか?と聞いてくる方がいますが、そんな方法があったら、むしろ危険です。自分の身を守ることさえできなくなってしまいます。

ただ、不安が大きくならない方法ならあります。

それが受け入れるということになります。